村田沙耶香「信仰」概要
タイトル | 信仰 |
出版社 | 文藝春秋 |
出版年 | 2022年 |
ページ数 | 154ページ |
短編集 | |
作者 | 村田沙耶香 |
装丁・装画 | 鈴木千佳子 |
「信仰」全8篇に関する感想
いずれも短い8篇が収められている。
中にはエッセイもあるが、「エッセイ」と敢えて表記されておらず、後からエッセイだったのか…と気が付く。
彼女のエッセイもまた小説独特の空気感があって、まるで小説の世界のように「奇妙に」心地いいのだ。
「信仰」〜信じること、とは。ものの価値の危うさ
ロンババロンティック。
出てきた時の力強さ。そして、「女なのにロンババロンティック知らないなんて」という言葉に慄き、思わずネットで調べてしまったが、
安心してください。実在しません。(わかるやろ)
縄文土器のような模様のついた一皿50万円もするお皿。
流行ってるのかと思ってしまった。
それぐらい、登場のさせ方が上手いとも言えるし、自分が無知であることを私は常々承知していて、それを怖いと思っている
自分を改めて感じる。
主人公のミキは「原価いくら?」が口癖の現実主義者。
高い化粧品もブランド品も、エステや妹が夢を実現するために通うセミナーも、全部怪しみ、
先回りして現実を見せようとする。
それに本当に価値があるのか。
そんなミキに「カルト始めない?」という誘い。
カルト商売の誘い。騙される側ではなく、騙す方にならないか、という誘い。
そこに一緒に現れた同級生の斉川さん。彼女は一度浄水器で騙され、周囲の人からの信用を失ってしまったから、
「リベンジしたい」のだと言う。
彼女は、浄水器も心の底から「信じて」いたのだ。
本当に「良い」と思い、みんなに幸せになって欲しくて紹介していた。
物に、その価値以上の価値を与える「信じる」ということ。
「騙されたくない」という気持ちの方が世間一般には強いように思うが、
「騙されてみたい」「騙されたっていい」「夢をみたい」という気持ちも心の中にはある、ということについて
考えさせられた。
ロンババロンティックを調べる時点で、私は騙されないようにすべきだと思うが。
「生存」〜近未来を考える
「生存率」によって評価される近未来。
資産・健康・勉強の出来不出来を全て「生存率」という数値にされる近未来。
生存率をいかに上げるかをみな躍起になり、勉強に励み、良い会社に入って、高いお給料をもらうほどに
生存率は上がる。
結婚相手によった生存率は上がったり下がったりする。
これ…なんか、ある気がする。
「生存率」というはっきりした数字になることで、余計に恐怖感と異様さが増す世界。
怖いな。自分の「生存率」、どれぐらいだろうか。
「土脉潤起」どみゃくうるおいおこる
これまた変わったタイトルだな、異様だな、と思っていたらこれは暦の上での七十二候のうちの一つだとか。
暦の上では「つちのしょううるおいおこる」と読むらしいが、こちらでは「どみゃくうるおいおこる」。何かの四字熟語かと思った。
「雪に代わり温かな春の雨が降って、寒さに固くなっていた大地がうるおう」という季節だそう。(暦生活より)
さて、お話の中では、「野生に返る」と言い、野生で生活し、言葉も失った姉の元へ妹である私が訪ねる。
寒い季節も外の巣で、生活する姉。そして、「私」は「私」で女3人で人生を共に生きていく決意をしたところ、という。
二篇目でも出てきた「野生」という言葉。
うーん、サバイバル。
「彼らの惑星へ帰っていくこと」
途中までエッセイと気が付かずに読む。
「イマジナリー宇宙人」の登場に、どんなフィクションだろうとワクワクする。
でも、これはエッセイ。
「イマジナリー宇宙人」という言葉の響きが好き。
見えない何かに怯えたり、見えない何かに救われたり、自分だけの自分を守る方法をそれぞれ見つけて
生きていくんだな、そんな誰かを知って「自分もそうだ」と救われる誰かがまた、いるのかもしれない。
「カルチャーショック」均一とカルチャーショック
世界は「均一」になっていくだろうか。
今はカルチャーショックな世の中だろうか。
どっちが良いだろうか。こういう世界観ってすごく不思議で、どんな頭の中なのかのぞいてみたくなる。
SF だよな?多分。あんまり読んだことがないけど星新一の世界観ってこんな感じかな。
文学賞取ったりしてるけど、この独特の空気感が面白いなと思う。
気持ちよさという罪〜エッセイ
懺悔のような内容だった。
こうして、また、一人傷ついたりされたんだろうか。
大勢を相手にする、名前が一人歩きしていく、というのは本当に大変で、自分がひっそり傷つくこともあれば、
自分が居心地良いと思った瞬間に誰かを傷つけることもあるのだな、と。
村田沙耶香さん、好きだけれど、ファンレターを送ったりするほどの大ファンではないので、
彼女がこうした文章を書いて、届けたい相手に私は入っていないけれど、
書くという業を背負った彼女を、ひっそりと思った。
「書かなかった小説」〜タイトルの面白み
「書かなかった小説」とあるから、未完成のメモを上梓したのかなと思ったけれど、これって完成ですよね?と
思うと非常に面白い小説だと思った。
場面が飛び飛びになる、これまた近未来の世界を描いた小説。
「クローン家電」という、これまたその設定だけで面白いけれど、
シーンごとに描かれる物語に、このタイトル。
夏子D を見つめる夏子A 。
「最後の展覧会」〜芸術とは
これもまたSF 的なストーリー。
「ヒュポーポロラン」という概念を持つ星を探して旅をするK。
ヒュポーポロランって。もう言葉の響きからして面白い。
ロンババロンティックの次に面白い響き。
ロンババロンティックは何回か口に出して言いたい。
ヒュポーポロランも噛みそうになるだけに、何回か練習したい。
「ヒュポーポロラン」が何なのか。それはどんな物なのか。
それを守る旅というのもまた面白い。
村田沙耶香さんそのほかおすすめ
村田沙耶香さんで、私が一番好きなのは
しろいろの街の、その骨の体温のである。
タイトルも不穏だし、中身もなんだか成長期の心の中の様子がなんだかリアルにねっとりとした感じに描かれている気もするのだけれど、
なぜか不思議と爽やかにも思えるのだ。
私の中では、そのくろぐろと感じる内面までもが眩しく、成長期特有の危うさも含めて、どこか憎めずに
青春小説のように感じる。
読み終えると初めにタイトルに感じた不穏さは消えて、「しろいろの街」も、「その骨」もすごく清潔感を感じるから
不思議だった。
みんなはどうだろうか。
そして、芥川賞受賞作の
コンビニ人間自分を「普通」じゃないと思っている人間の「普通」になりたいという異様さと切実さと不器用さが、
なんだか危うく、それでいて、なんだかどこか突き放せない、共感してしまう部分もある。
どれも、村田さん独自の視点と、読みやすい文体で、心地いい。
信仰」に載っている何作かは、アメリカやイギリスの出版社から依頼されている模様。