韓国ドラマの中で、時々本屋に立ち寄ったり、本を読むシーンがあったりして、K文学というものに
最近興味がある。まだ少ししか読めていないけれど、雑誌などでおすすめされているものを
手に取っている。
「夏のヴィラ」は8編の短編からなる物語である。
どれも読みやすいボリュームでありながら、一つ一つ心に問いかけてくるものがあり、
良作だった。
これまで読んだK文学の中で一番好きかもしれない。
タイトル | 夏のヴィラ |
ジャンル | 文学・短編 |
作者 | ペク・スリン/カン・バンファ訳 |
出版 | しょしかんかんぼう |
ページ数 | 227ページ |
短編集「夏のヴィラ」各あらすじ・感想
「時間の軌跡」
フランスで出会った、「私」とオンニ。
駐在員であるオンニと、仕事を辞め、渡仏し、やがてそこでフランス人と結婚する「私」。
二人は近づき、やがて、離れていく。
なんということのない、二人の出会いとやがてすれ違いなのだけれど、
それが丁寧に、けれど、部分的には隠されているような感じで
「私」の異国の地にいる疎外感が表現されている。
「夏のヴィラ」
韓国人である主人公と、ドイツで出会った夫婦。
学生時代に出会い、主人公は韓国へ帰り、就職して結婚しても
時々、交流を深めてきた彼ら。
ヨーロッパの人が、韓国人をどう見ているか、
そこまであからさまに書いているわけではないけれど、
自分達が東南アジアの人々をどう見ているか、
自分達(韓国)と彼らとの隔たり、というものが存在する、ということが
描かれている。
そうした、少しの「違和感」のようなものが書かれていて、
なるほど、とどこか心に落ちるものがある。
それは、韓国と日本のような直接的に、歴史上で関わりのある
国境間の隔たりではなく、
そこに利害がなくても、観光地として無邪気に訪れるそのさきに
あるもの、のようなもの。
私はそういったものを深く考えたことがなく、
そこに表現されたものに、純粋に新しい発見をもらった。
(良い悪い、真実かどうかではなく)
「ひそやかな事件」
再開発による地価の値上がりを見込んで、貧しい地域に土地を
買い、引っ越してくることになった、主人公たち家族。
主人公はそこで、「彼らとは違う」のだ、と感じながらも、
受け入れてくれる友人たちに出会う。
「馴染んだ」はずだったけれど、
どこか、やはりそこには常に溝がある。
貧富の差。
見るもの、見ているもの、見ようとしているものが違う、という
事実。
「大雪」
自由な母親は、主人公が幼い頃に父親とは別の男性と恋に落ち、
渡米した。
母との隔絶。
自分に興味のない母へのわだかまり。
消えない不信感。
女同士の立場の差、国籍の差、貧富の差、そして母と娘、
あらゆる視点になりながら、「差異」というものを見せてくれる
著者に感心する。
「ブラウンシュガー・キャンディ」
祖母の日記を読みながら、息子家族に伴ってフランス語を
話せない祖母がフランスに住んだ何年間かのことを思う。
祖母はそこで、フランス人の男性と少しの間、
「良い仲」になっていた。
老いること、人生とは短いようで長く、長いようで短い。
その絶望と、希望について書かれていて、私はこの作品が一番好きだ。
言葉が通じない相手と、隔たりを感じながら、可能性を感じたその瞬間を
私は希望と感じた。
あったかもしれない、誰かの「想い」を感じること。
「夏のヴィラ」全体を通して思ったこと
時には異国に住んでいる女性だったり、
時には貧民街に引っ越してきた中学生だったり、
時には新婚の男性だったり、
いろんな立場の人間から、いろんな視点が表現されていて、
こんなにも多種多様な視点があり、
それをこうした日常の些細なことに含ませている
作品を私は初めて読んだ。
劇的な物語の展開があるわけではない。
もしかしたら、私も経験したかもしれないような
些細な日常だ。
それなのに、私は通り過ぎてきてしまった
その感覚を、
こうして私に与えてくれた。
そして、これを訳したカン・ヴァンファさんの視点にも
敬意を表したい。