林真理子・著／「奇跡」について
| タイトル | 「奇跡」 |
| 作者 | 林真理子 |
| 出版社 | 講談社 |
| ページ数 | 165ページ |
歌舞伎役者の元妻・博子さん。博子さんが写真家・田原圭一と出会い、
寄り添い、離婚し、再婚し、
彼が亡くなるまでを描いたもの。
林真理子さんは、もともと博子さとは幼稚園のママ友であったらしい。
親しくなったきっかけは別の機会のようであるが、
幼稚園時代、もっと離れたところからであれ、
博子さんを見ていた印象も描かれていて、
本作品はルポルタージュ風に林さんの視点で描かれている。
「奇跡」を読んで、思ったこと
二人が出会い、恋に落ちた時、博子さんは歌舞伎役者・片岡孝太郎の妻であり、
いわゆる梨園の嫁であった。
その後、二人は関係性を持ち、離婚するまで10年の月日を要し、
再婚している。
二人は二人の愛を貫き、息子・片岡千之助を歌舞伎役者として育てるために
たくさんの努力をし、育て上げ、
ついには再婚して、最後まで情熱を失わずに向き合った、
それは男女の関係において「奇跡」とも呼べるものである、と
二人の関係は「不倫」という言葉を寄せ付けない、ものだ、と。
本書にはそう書かれている。
読み始めた私は、始め二人が出会い、幼い息子がいながら惹かれあい、
体を重ねあっていく二人の様子、特に博子の様子に
「いや、そうは言っても『不倫』は『不倫』やん」と思った。
どんなに二人が強く惹かれ合おうとも、
どんなに深く愛し合おうとも、
事実関係としては『不倫』以外、何ものでもないのだ。
けれど、ご本人たちはそんなことは百も承知であり、
そこを美化しようともなんとも思っていないのだろう。
美化しようと思えばいくらでもできるし、
なんなら、これは「物語」風には書かれていなくて、
「物語」にすればいくらでもドラマチックに言葉や場面を
変換できたはずだった。
それなのに、巻末には「フィクション」とあり、歌舞伎界の人々は仮名ではあるものの、
敢えて林真理子さんの視点も交えながらの
ルポルタージュ風に描かれているのは、
一つ一つの事実そのものが
真実を語る、と信じられているからなのかもしれない。
林真理子さんも著書の中で述べられているが、
今、田原博子さんのお写真を拝見すると
大変お美しい。
それも、塗りたくったものでも、近代医学の賜物でもなく
内側から「美しい」のが私なんぞの目にもわかる。
写真だけでもこんなに美しいのだから、実物やいかに、というほどである。
「私って美しいでしょ？」風でもなく、
彼女がただそこに凛として立っているのが伝わる。
愛し愛されたこと、その自信からくるものなのかなあという
想像は、難くない。
そして、息子・片岡千之助さんが歌舞伎役者として活躍している、と
いう事実。
歌舞伎の世界には全く疎いので、詳しいことはわからないが、
「跡を継ぐ」ということは簡単なことではないのではないだろうか。
嫁が「不倫」をし、家を出たならば、いや、嫁に不手際がなくても
息子を連れて家を出たならば、
あとは継げないのではないか、と想像してしまう。
けれど、片岡千之助として父や祖父たちと同じ舞台に立ち続けている、という
事実。
そこに私は、素人ながらすごいなあと思う。
生半可なことではないのではないだろうか、と。
そこに至るには、
やはり周囲の配慮、とりわけ母親の配慮は不可欠だったことと思う。
好き勝手していた母親ならば、なし得なかっただろう、と。
そうした事実の一つ一つが、
本作品に、強力な裏付けとして存在し、
「こんな二人もいるのだなあ」という羨望の眼差しを与える。
人によって、きっとそれはやはり「不倫」でしかなく、
強く嫌悪感を示す人もいると思う。
自分にとって正しいものが、人にとっても正しいとは限らない。
皆が皆、それを「奇跡」とは呼ばないかもしれない。
けれど、きっとご本人たちも「奇跡」と呼んでほしい訳でも
自分達の正しさを主張したい訳でもないのではないかと思う。
私は、読み終えて、田原博子さんのインスタグラムを拝見し、
ただ単純に、「素敵な人だな」と思い、
また一人、素敵だな、こんな女性いいな、と思える存在が
増えたことを喜んでいる。